アオ子のそそられ日記

匂い、あらすじ、見た目、あらゆるものにそそられて。

肩に手をかけられ、わたしはハッと振り返る。 / 映画「何者」に寄せて

そそりメモ No.29 : 何者


ネタバレがありますので、未見の方は注意してください。


10月15日に公開日を迎え、興行成績は好発進。

歳を重ねて安定の重量感と鋭さを解き放つ佐藤健を主演に、今のドラマシーンを彩り支える岡田将生有村架純菅田将暉二階堂ふみを脇に掲げ、極め付けは有り余るオーラの塊、山田孝之を携えたなら注目されないわけがありません。

桐島、部活やめるってよ」で鮮烈なデビューを果たした小説家・朝井リョウが原作の映画版「何者」

何者 (新潮文庫)

「シンゴジラ」や「君の名は。」に続く、今年絶好調の東宝配給作品です。しかも企画プロデュースは「君の名は。」と同じく川村元気氏。
音楽は中田ヤスタカが全編担当。テーマソングに最近音楽界でその存在感を見せつけつつある米津玄師。
そして監督はあの一世を風靡した「愛の渦」の三浦大輔です。
恐れ多いほどに盤石なキャスティングと製作陣に、公開前から売れる予感しかせず、期待していた映画です。

ストーリーなどは別途公式サイトをご覧ください。
映画「何者」公式サイト


さっそく10月19日に鑑賞してきました。

映画を観て率直に抱いた感想を、Twitterに呟きました。

映画を見て楽しい気持ちにも悲しい気持ちにもなれず、抉るだけ抉って去っていく、そんな通り魔的な映画でした。
なんと上映時間はたったの97分。「君の名は。」の106分よりも短いんです。

わたしは原作未読のまま役者陣と予告編に釣られて見に来たミーハーのひとりですが、不意打ちくらって「背後に何かいる」と振り返ったところで何者かの通り魔に刺されました。犯人行方知らず、この気持ちをどうしたら……。
見終わって数日経った今でもやり切れません。


キャスティングについてはもしかしたら狙いがあったのかもしれない、と深読みかもしれませんがこう思います。
「役者に惹かれて見に来たミーハーな客を、同年代の役者たちが打砕いていく。」
予告なく、スクリーンの前から逃げられないようにして、事が済んだら結末を伝えぬままに走り去る。


虚栄心に駆られる感覚や、表には出せない妬みや僻み、まさぐっても捕まえられない自分の影に翻弄されるあの息ぐるしさ(生き苦しさ)を、登場人物の全員を使って観客に畳み掛けてくるので、とてもとても呼吸がしづらかったです。
劇場内もずっとシーンとしていました。

冷静分析系男子・二宮拓人
地味素直系女子・田名部瑞月
意識高い系女子・小早川理香
天真爛漫系男子・神谷光太郎
空想クリエイター系男子・宮本隆良
達観先輩系男子・サワ先輩

キャラクター毎にキッパリと役回りが違って、誰かではなくみんなに対して「ああ…わかる…」と、かつて自分が抱いていたかもしれない認めたくない感情と、否が応にも向き合わざるを得ない状況に追い込まれます。

いや自分は違う、違ったはず、と思いたくなるような。でも誰しもその心理を理解できてしまうというか。見ないふりはさせない、直視しろと言わんばかりの連続です。


わたしが「この映画ヤバいぞ」と気付き出したのは、リクナビ協力のもとに撮影されている合同説明会のシーンです。鳥肌ものでした。ゾワゾワ
再現なんてもんじゃない。実体験したことのあるもろターゲット世代のわたしにとっては、あの光景は、もはや知っている世界。かつてあの中にいた者であり、また映画のあの中にいてもおかしくありません。
まるで工場のように同じ人がたくさんいて寄せ集められて固められていく。
実際にわたしが行ったのは、確かビックサイトだったような。
黒いスーツと黒い髪の毛と決まったような髪型と。
自分もその中のひとりながらも、ああここは本当に量産された人間しかいないな、なんて「何者」を見た後だと小っ恥ずかしくなるような思いを当時は抱いてました。

拓人が、理香が、検索していたワードにもゾッとしました。瑞月や光太郎の内定先の悪評を見つけて、こんな評判が悪ところ俺は絶対に行かないし、そんなところに行くなんて可哀想、と蔑むことで安心感を得たくて。隠していた気持ちが浮き出た瞬間。
映画としては「どんでん返し」なんだけれど、そこに至るまでの節々で彼らのそういった感情が毒のように滲み出ていて、わたし達は見ているうちに潜在的になんとなくそういう不安感を植え付けられていて、その答え合わせみたいなシーンでした。よくある「騙された!やられた!」ではなく、

「ああ、やっぱり………。」

こうあって欲しくなかったけれどどこかでそうじゃないかと思ってたんだ、とまるで殺人犯を昔から知る近所の人のコメントみたいなことを思ってしまいました。

本当はどんな企業でもいいから内定が欲しくて羨ましくて、自分だってそれが欲しいのに、そこまでしないと保てなくなる不安や迷走。ツイッターのリアクションによる数値に快感を覚えて、ネットへ形成する日常とは別の自己を象り、肯定されることで承認欲求を満たす。それで自分という存在を推し量る。
就活生じゃなくたって分かる感覚なので、いまの就活を経験していない人でもハッとさせられます。

何が怖いってオブラートに包まずに見せつけられちゃうからなんですよね。
それがホラーにも似た恐怖心を煽る。え、まだ出てくるの?とじわりじわりと不安になる。不安になったところで山田孝之演じるサワ先輩が少ない口数でトドメをさしてくる。きっと先輩は優しいんだけど、易しくはないから。獅子の子落としのように。

「俺はツイッターやらないからわかんないけどさ、たった140文字の短い文章で分かった気になるなよ。」
「ギンジと隆良は全然似てないよ。」
「もっと想像力のあるやつだと思ってた。」
そして、拓人のほうがギンジと似ているとも言います。

あんな学生いる…?と泣きたくなりました。オーラありすぎて。(予告編で山田孝之は演技の先生だと思っていたわたしは更に打撃)
映像で見るとすごい不安にさせられるサワ先輩だけど、よくよく考えてみると、拓人と先輩の関係性だけでちゃんと眺めれば、あれはサワ先輩流の鼓舞なんかじゃないかと思ってしまうのは、隆良が形ばかりの調子乗っちゃってる系大学生だからかもしれません。
対照として描かれていたギンジは、批判を受けながらも自分のやりたい演劇をマイワールド全開で毎月一本の公演をこなすいわゆる行動派。例え学生演劇から抜け出せないと言われたって、「頭の中」で終わらせず、形にして世の中へ送り出す。それってなかなか難しくて、覚悟を決めないと先延ばしにしてしまいがちなこと。自分には合わないとかいろいろな理由をつけてどんどん後に回す隆良なんかと、ギンジは違う、とサワ先輩は言っていたのかもしれません。
この辺りは原作にもっと詳しく書いてありそうな気がします。読みたい。

何者 (新潮文庫)

何者 (新潮文庫)



サワ先輩よりも何よりも一番怖かったのが瑞月で、救われたのが光太郎でした。
なぜ瑞月が怖いのか。それはなにを考えているかよく分からないから?というよりも、まっすぐただただ純朴で素直な人だから。
「拓人くんすごいよね。わたしにはできない。他のみんなもそう。すごいよね。」と、妬みなどない、ただ素直な感情がこの映画のなかではストレート過ぎて。逆に怖いんです。

わたしは瑞月は鏡のような人だと感じました。自分が彼女に抱いた感情は、そのまま自分に跳ね返ってくるのではないか。
本当は何か考えてるんじゃないの?と瑞月を勘ぐってしまう辺りに、自分の性格が鏡として映し出されている気がして。ああ怖い。。。
でも本当に瑞月はそれ以上のことは思ってないんですよね。本当に良い子なんだと思います。だからこそ鏡たる存在。

そして光太郎は良いも悪いも口に出してしまうところが、わたしを安心させます。この人はそのまんまこういう人なんだな、と持ち前の天真爛漫さが全部表に出ている。分かりやすいな。という意味でホッとさせてくれる。これで光太郎まで裏の裏の裏でなんかしてたら人間不信になります…。
「内定って言葉不思議だよな。全部肯定してもらえた感じがする。でも内定もらったけど、俺は何者にもなれた気がしないよ」
「足が速いとかと同じように、俺は就活が得意だったんだよな。」
「本当に、なんで拓人が内定もらえないのか、わかんないんだよ。」

タクシーの中での光太郎と拓人の会話ばかりが頭に残ります。この人本当に嫌味のない人間だな、と。こういう性格だからこそ拓人は一緒に暮らせたんだと思う。

その点で、拓人や理香や隆良は繕ってばかりだけれど、分かりやすいといえば分かりやすくて。
世間として人をキャラクター付けしてしまってるからなのか、ああ理香は意識高い系なのね、と納得してしまう辺り、わたしもだいぶ毒されてますね。

目に見える数字や形ばかりに気を取られて、OB訪問の数とか、名刺のデザインとか枚数とか、なんかそんな大学生が捉われがちな実際にある就活の様子をまざまざとよくここまでリクルートの協賛がありながら描けたなーと感嘆してしまいました。(リクルートがそういう風に仕掛けてるのに、そんな就活映画にお金を出して、皮肉に見えてしまう)


パンフレットのインタビューも読み応えがあって買ってよかったです。各役者たちがどのような心持ちで撮影に挑んだのか。
なかなか「何者」というタイトルだけあって、キャラクターの台詞ひとつとっても人となりが絶妙なニュアンスで変わってしまうし纏う空気感とかも調整が難しそうだし、役作りという点でも知れて良かったです。特に山田孝之くんのサワ先輩を演じるにあたっての佐藤健感についての話も面白い。
更に役者たちはみんな就活体験をしたそうで、エントリーシートや筆記試験から、グループディスカッションに面接と、内定者を交えて、実際の企業の人事担当を相手に就活を体験してから撮影に臨んだそうです。
各々の役者達が本来の自分でどんなグループディスカッションや面接をしたのか、撮影してないのかな…映像で見たいな…とすごく興味があります。
DVDの特典映像になったら絶対に買うのに。

「何様」という作品がアナザーストーリーとしてあるそうです。前日譚や後日談が収録されているらしくて、これも絶対に読まなくては。

何様

何様


ところで山田孝之くんは撮影に4日程しか参加してないそうです。それであの存在感は本当にやばすぎる。大物感が半端ない。ウォーターボーイズやってたときを思い返すと、此処まで大きな俳優になるとは思ってませんでした。
そもそも何者の撮影も1ヶ月しかやってないみたいで、コンパクトに作り上げながらも、あんなに濃厚な映画になってるのは三浦監督の手腕に違いないはず。



結局、何者とは何者なのか。

誰しもが何者にも代えがたい者になるためにもがいて見失って彷徨って、結局人生ってそういうことの繰り返しな気がします。
学生から社会人になって、子供を産んで父親や母親になって、いつかは祖父や祖母になって、肩書きや位置付けだけの自分ではなく、その本質を見てもらいたくて。 「何者」かになりたい。

この映画は、誰かの現状を否定したり肯定したり諭すような作品ではなくて、鑑賞して打ちのめされるのは自分自身の通ってきた道すがらに思い当たる節があったりするからなんですね。

そう考えていると、

映画が終わったあとに感じた通り魔の犯人も、
結局は自分なんだと気付きました。

ハッと振り返ったら、そこにはきっと自分が立っている。




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