アオ子のそそられ日記

匂い、あらすじ、見た目、あらゆるものにそそられて。

大人になったあなたに贈る。(東村アキコの「かくかくしかじか」を読んで)

 
そそりメモ No.9 : かくかくしかじか
 
 
わたしは東村アキコ先生の描く漫画がすきです。
なぜなら分かりやすい絵柄と、分かりやすいテーマと、分かりやすいストレートな言葉たちによって、ど直球でお話しが伝わってくるから。
そしてあんなにかわいい絵柄なのに、どの作品もか弱くない。力強い。生命力が強いというべきでしょうか。そしてどのキャラクターもどんな状態であっても生き生きしています。
 
 

 

 
 

 

 

 

とりわけわたしの好きな「東京タラレバ娘」なんかは、ターゲットも分かりやすいし、遠回しの言葉なんて使わずにズバズバと、しかもピンポイントで「ああ、そこは、言わないで!」という部分にちっとも外さず刺さる言葉を飛ばしてきます。漫画1冊があっという間なのに、毎回重たい(心の傷の量的に)。

一言で言うなら、痛快な漫画です。抉られるのが分かってるのに読んでしまう。
 
 
 
 
けれど、わたしが今回語りたい漫画は、それとはまったく毛色が違うというか、違った意味で心が痛く切なくなるタイトルです。そしてやっぱり力強い。
 
 

 

かくかくしかじか 1 (マーガレットコミックスDIGITAL)

全34話、巻数にして全5巻。
完結済みの作品です。
2015年の第8回漫画大賞を受賞、さらに第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞も受賞しています。
 
簡単に言ってしまえば東村アキコの自叙伝です。彼女が、幼い頃から有名漫画家となる現在までの人生の、振り返りエッセイ漫画です。
と同時に漫画家にはどうやってなるの?どうやって漫画描いてるの?という疑問にも答えてくれる、少年漫画「バクマン。」とは違った、漫画家を描く漫画でもあります。
 
これだけでも、例えば東村アキコ先生に興味がある人や将来漫画家になりたいと考えている人が読むには充分な内容です。が、更にこの作品には重要な人物(主人公以上に主人公とも言える)がいて、その人がいるからこそ今の彼女がいて、この「かくかくしかじか」があり、さらに「東村アキコの漫画なんて読んだことないから、自叙伝なんて更に興味ないわ…」とか「漫画家の人生なんてどうでもいいや」という人にも、オススメのできるおもしろい内容になっています。
 
 
主人公以上に重要な人物。
その名も、日高先生。
 
東村アキコ もとい この漫画の主人公・林明子の恩師です。
 
宮崎の田舎に住む夢見る少女・明子は、自分は絵がめちゃくちゃ上手い、だから順風満帆に美大を出て人気漫画家になれる、という人生プランを立てていました。
けれど美術部の部長経験というだけでは美大には受かれません。ということで絵画教室に行くことになり、その絵画教室の先生が日高先生なのでした。
 
 
読んでいただければ分かりますが、日高先生はとにかく言動共に非常にまっすぐで、それはとても過激です。竹刀をもってビシバシ鍛え上げる感じ。時には手だってあげます。更に言葉に嘘がありません。ど直球どストレート。オブラートになんて包まずに、いつだって正直に、下手なところは下手だとスパスパと生徒を斬っては拾い斬っては拾い鍛え上げていきます。
 
そしてストレートだからこそ、優しいところはもうこれでもかというくらい優しい。強面ですが、生徒ひとりひとりを信じ、愛情をもって接しているところが見て分かるので、どんどん引き込まれていきます。
 
決めたらやる、なにがなんでも、決めたらやるし、やらせる。
 
そんな日高先生のペースに明子も呑まれ、教室でめちゃめちゃに揉まれ、鍛え上げられていきます。
 
今の東村アキコ先生を見れば分かるように、明子は最終的に夢を叶えて有名漫画家になります。
けれどその道は明子が少女時代に思い描ていたような、夢のストーリーでは決してありませんでした。大学受験も、大学に行ってからも、卒業してからも、かくかくしかじか紆余曲折を経て、それでいまの東村アキコ先生がいます。そしてそこにはいつだって日高先生の存在がありました。
 
ネットで検索をすれば明子がどんな茨の道を歩んでここまで来たのか全部分かってしまいますが、分かった上で読んでも面白いし、でもできれば何も知らないまま読んでほしい。
ひとりの少女が夢を叶えるまでの長い長い道のりを、何も知らないまま、見届けてほしい。
 
作中、日高先生の過激な言動がたくさんたくさん載っていますが、著者曰く「これでも控えめに書いている方」ということで、実際はどれだけ厳しかったのかわかりません。
 
ただ、よく言葉が過激な人は「いっぺん死んでこい!」とか、本気でないにしても口にする人がいますが、この先生はそんな言葉では絶対に責めませんでした。(現実の日高先生はもしかしたら口にしていたかもしれませんが)
 
「描け」「描け」「描け」
 
どんなことがあっても、漫画の中の日高先生は生徒を見放しません。前向きに、見るからにやる気のない生徒がきても、その人を諦めない。
 
実際にお世話になるのは恐いけど、でもどんな形でもいいからこういう先生が近くにいたらなあ、と思ってしまうところがあります。
 
 
一方、年頃の明子はそんな日高先生を時には疎ましく思うこともあったようです。
漫画の中では、明子の当時の思いを愚直なほどに書ききっています。その一連の出来事に、わたしは心苦しくなり、涙してしまいました。思い返しても切なく胸がギュッと締め付けられます。
若者ゆえの愚かさというべきか、大人の優しさに気付けない馬鹿なところ。若さゆえに、今の自分自身を一番大事に思っているところ。
 
印象に残った言葉はたくさんあるのですが、
ネタバレにならず、紹介したい一節のひとつを引用します。
 
しかしなんで若い時って
出来るのに出来ないフリ
しんどくないのにしんどいフリ
 
楽しいのに
楽しくないフリ
なんだって出来たはずなのに
無限だったはずなのに
大人になった今そんなことを考えているよ
先生 

(かくかくしかじか 第4巻より)

 
 
 
余す時間があるのに、分かってはいるのに、「忙しい忙しいやることが他にもあるから」と目を背けて、現実を見ないで逃げていることってありませんか?
 
今でも昔でも、心当たりのある人は、「かくかくしかじか」を読むのをオススメします。 
高校生や美大生が読んでもおもしろいとは思いますが、もうある程度大人になってしまったあなたにこそ、読んでもらいたいなあと思います。
 
 
先日読み終わったのですが、読了後は放心でした。余韻をしっかりと味わいたい。ぎゅっと漫画を抱きしめたくなる。ずっと手元に残しておきたいお気に入りの作品になりました。
 
 
そしてまた東村アキコ先生の別作品で今度はまたズバズバと私自身が斬られるのでしょう。